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故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

奥山和由さんと映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」 One Step On a Mine

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2000年10月28日(土)の朝日新聞・夕刊コラム。題字は奥山さんの手書きだそう。

 

映画「残されし大地」について、プロデューサーの奥山和由さんから連絡があったのは8月29日、NHK「おはよう日本」での放送後すぐのことでした。

朝、番組を取材してくれたNHKの鴨志田さんから「鵜戸さん。一本電話があったんですけど、プロデューサーの奥山さんということで下のお名前はおっしゃらなかったけど、京都の映画祭のことで、鵜戸さんとご連絡を取りたいと。」京都の映画祭で、奥山さんといえば、あの北野武を映画監督として世に送り出した人? えぇ、まさか・・。

携帯番号をもらったのは午前中だったにも関わらず、この日に限って打ち合わせラッシュ。「腰を据えて」電話をできる時間がなかなか訪れず、ついに夜の8時に。(その間、居てもたってもいられなかった奥山さんは私のことを探し回ってベルギー大使館など方々にご連絡をしていたそう。)自宅の1Fで遊んでいた子供達に「ママちょっとお仕事の電話してくるからね」と言い、2Fへ移動。

電話から聞こえてくるのは丁寧ながらも温度の高い感じの、どこかで聞いたことのある声。「こんなね、映画こそ世に出さなくては思って。普段は朝NHKを見ることもないのが、たまたま昨年亡くなった母の家で遺品整理をしていたら、画面に釘付けになって。福島について言いたいことがあったとしても、デモをやるんじゃなくて、例えばこういう表現こそが・・」と溢れんばかりの気持ちで感動を伝えてくれます。

私はといえば、はい。・・と冷静に返事を繰り返しながら耳を傾けつつも、まだちょっと狐につままれたような気持ちのまま、4日後にお会いする約束をして電話を終えました。

いざ、お会いしに行く前の日の晩、夫が夢の中でどうやら私の右側に座っているらしい。けれども顔は見せず、「ずっと隣に居るからね」と言う声だけが聞こえます。そしてその日の朝、仏壇の前で祈りながらロウソクを見ると、芯がたまたまUの字に傾いてしまったのか、赤々とした炎が2つに分かれて仲良く並ぶように燃えている珍しい光景を目にしました。

 お会いしたのは銀座の外国人記者クラブ。ビルの上階、初めて訪れる歴史あるクラブの壁には錚々たるメンバーの映画人のモノクロのパネルが並んでます。

送った試聴用のリンクで映画全編を3度もご覧になっていた奥山さんから発せられるのは、私にとってみれば「そうそう、そこをそういう風に見て欲しかったんです」というコメント。素人ながらも表情に味のある登場人物、微細な佇まい。そして何より「映画密度が高い」というコメントは、もしジルが聞いていたら、本当に喜んでいたでしょう。

「映画密度が高い。」

私が今まで聞いた映画評の中で、最短かつ最高の褒め言葉です。

しかしそれでもまだ、京都国際映画祭のクロージング上映、という華やかな提案に即答できなかった私。シリアスな映画のテーマとジルの亡くなったシチュエーション。それらが、どこか気楽にも聞こえる映画祭のキャッチコピー「上ル、上ル」にすんなりマッチするように思えず。また、よくよく考えたら私の一存で決められることではなく、ベルギーのプロダクションとも相談しなくちゃいけないんだっけ・・とここでは一旦、保留にさせてもらいました。

けれども、「東京でとにかく一周忌に合わせて映画館で上映をしたいんです」という私の希望に対して、「そしたら、映画館はここかここ、配給会社はここがいいんじゃないか」などと、出てくる提案が私の思い描いていた通り。静かな興奮状態で帰宅しました。ドキュメンタリー映画としては理想の展開です。なかなか苦労する映画も多い中、シンデレラ・フィルムです。けれども、メディア関係に勤めてはいても、映画となると全くもって、門外漢な私。この展開をどう受け止めるべきか、喜ばしいことなのだろうけれども、頭で考えてもよく分かりません。

しかし私はどこかでジルが喜んでいる、と感じていました。実際に話はできないので代わりに判断するのは難しいのですが、映画祭に関しては、京都は住みたいと言っていたほど好きな街。Kitanoも好きな監督の一人。そして、深く考えすぎないこと。なぜなら、映画祭=お祭りだからです。死者を弔うことは古来からお祭りの中でも表現されてきたこと・・。

ベルギーのプロダクションともスカイプで長電話をし、遅ればせながら映画祭に参加希望を表明。

その後は、実動部隊となってくれる配給会社の太秦の小林さんと3人でお会いしたり、時折電話で打ち合わせを続け、去る10月16日の映画祭のクロージング上映が実現したのです。この間、実にたったの1ヶ月半でした。

 

さて、そんな映画「残されし大地」についての話をなぜ、映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」に結びつけたかったかというと・・。

このブログの冒頭に載せたコラムの中で、奥山さんが言っているのです。「独立後に初めて製作したこの映画の公開初日、それはたまたま私の46歳の誕生日でした」と。

ジルは享年、46歳です。

さらに奥山さんにとって、「自信を素直に表現できた初めての作品でした」とのこと。

言わずもがな、ジルにとって、この「残されし大地」は初監督作です。これまで続けていたサウンドエンジニアとして、スタッフとしての仕事ではなく、初めて自分を中心において思うがままに困難も楽しみながら、過去とは一線を画して自分自身の関心のあること、好きなことを詰め込んで表現した映画でした。

「地雷を踏んだらサヨウナラ」は、2000年にロングランヒットしたので記憶にある方も多いとは思いますが、カンボジアで当時26歳で亡くなった戦場カメラマン、一ノ瀬泰造さんの生涯を描いた作品。危険な旅を続けていく中で、最後に友人に向かって残した言葉が映画のタイトルになっています。最後は地雷で亡くなったのではないけれども、やりたいことに向かって突き進んでいくしかないさ、あとは天のみぞ知る、という明るい覚悟のようなものが込められています。

主演の浅野忠信さんは彼自身に生き写しということで、映像の中で実に若々しく、キラキラと輝いています。戦場とはいえどもその苦労を描くというよりは、写真を撮ることが好きで仕方がなかった、嬉々として動き回っていた一ノ瀬泰造の姿のほうが印象に残ります。私はそこにもやはり、ジルを重ねてしまいました。

ジルが撮影をした福島は戦場でこそないけれども、荒廃した信じられない光景と豊かな自然が共存するという意味では、ちょっと戦場跡のような場所でもあります。さらに、その後ジルが突き進んでいった(・・とはいえ故郷ですから、戻るだけと言えばそうなのですが)ベルギーは、昨年末、テロ危険度が今までになくアップした状態でした。パリでの11月のテロを受けて、真犯人が潜んでいると目されたブリュッセル。いつもと変わらず平穏に見えた平穏な3日間、テロ予防のためにブリュッセルの全学校、全交通機関をストップさせるという、政府による前代未聞の処置が取られた直後でした。

私の両親も「本当に今、帰らなくちゃいけないの?」と心配するし、私自身にも一抹の不安がなかったわけではありません。けれども本人は「いずれにしてもこれからは、テロの心配とずっと一緒に生きていかなくちゃいけないんだし。」と、未編集の映画を携えて故郷へと帰って行きました。12月8日。あの後ろ姿が最後にこの目で見た、最後のジルになりました。

けれどもジルは、最後は本当にやりたいことを遂げつつある最中に、亡くなったのです。問題意識を抱えながら、けれども昔からやってみたかった「映画を撮る」「映画を作り上げる」というプロセスそのものにも、嬉々としながら。

擬・戦場から擬・戦場へと移動して、散っていったジル。

私の思いはさらに、決して遠くない過去に、戦場で一ノ瀬泰造さんのように散っていったフリージャーナリストの方たちにも及びました。昨年の年明け、シリアで亡くなった後藤謙二さん。数年前にアフガニスタンで銃撃されて命を落とした山本美香さん。改めて調べてみると、後藤さんは享年47歳、山本さんは45歳でした。

この奥山さんとの出会いの大きなきっかけを作ってくれたNHKの記者、鴨志田さん(男性)は47歳、そして長尾さん(女性)は45歳。私はジルと同じ・・現在、46歳です。「テロのたびに犠牲者の数をレポートし続けるのではなくて、どこかで僕らも立ち止まりたい、と思っていたところにジルさんの存在があったから。立ち止まれてよかった」と言ってくださったお二人。

この数字の合致はなんなのでしょう。ただの偶然・・?

数字が好きな私が一人で騒ぎたがっているだけでしょうか。

亡くなった方達のいわゆる魂が、エネルギーのようなものが、どこかで時を超えたある時点でクロスして、新しい何かを生み出すことがあるのかもしれない。私にはそんな風に思えます。

ところで、映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」を今回の奥山さんとの出会いを通して、改めて見てみたのは言うまでもありません。けれどもやはり、人が爆弾で血まみれになり死んでいくところを見るのは、私にとってヘビーでした。絵として作り込んだものということは分かっているのですが、やはり想像してしまうのです。

ジルはどんな爆撃を背中に受けたのだろう。その時は、こんな風に真っ赤になってしまったのだろうか。ベルギーに1日遅れで到着し、現場はもちろんのこと遺体を見ることが叶わなかった私はずっと想像をし続けるのでしょうか。

やっぱり映画は面白い、どんどん見たい、研究したい。今のような時期なら尚更です。ジルの代弁をしていくのなら、ジルの知識にも追いつきたい。そう思いつつも、まだまだフィクションであろうとも見るもの全てを受け止める体力が追いつかない部分もあります。徐々に・・・です。でも、見たい映画が、たくさんあるんです。

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一ノ瀬泰造さん。

www.youtube.com

「僕が生まれた日が、一ノ瀬泰造の死が日本で報じられた日。これはもう呼ばれたとしか思えない」と浅野忠信さん。