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故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

児童憲章こそすべて。Children's Charter in Japan

今日はこどもの日。
そして一昨日は憲法記念日で、しかも70周年だったために、憲法に関する特集もテレビで多く目にした。
けれどもこの「児童憲章」の存在を、私たちは忘れていないだろうか。制定日は1951年5月5日で、今からちょうど65年前。

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私の会社(出版社)から毎年支給される、ある小さなスケジュール帳を兼ねた手帳がある。中には編集者としての心得や社歌、漢字早見表なども入っているのだが、何気なく挿入されたこの「児童憲章」を発見し、ある日丹念に読んでみたところ、衝撃をうけた。

 

これさえあれば、何もいらないというほどの、人間にとって必要なことがまとめられている。そして、これが大人が子供に対して人間として果たすべき責務なのだ、というシンプルな事実。(しかし、すこし調べてもあまり制定に関する詳しい経緯が分からない。詳しい方がいらしたら是非おしえてほしい。)

 

ベルギーで「外遊びの会」というお母さんとこどもの会を主催してくれていたMさんからお借りした、児童心理学の佐々木正美先生の「子どもへのまなざし」という本のなかに書いてあったことが、いつまでも私の心の中に印象的に残っている。主旨はこうだった。

「大きくなってから、どこどこに留学しましたとか、どんな立派な目に見える経歴があってもそれは家に例えれば、素敵な家具を置くことに似て、あとからいくらでも付け足したり取り替えたりできるもの。けれどもいったん作ってしまうと目に見えない家の土台の部分は、実はこども時代に作られる。そこの愛情基盤がしっかりしていないと、いくら上から積み重ねてもグラグラしてしまう。それほど、こども時代というのは大切なものだ」ということ。

 

この「児童憲章」の序文にはこうある。

「われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。児童は、人として尊ばれる。児童は、社会の一員として重んぜられる。児童は、よい環境の中で育てられる。」

 

そして条文はこう続く。
  

一 すべての児童は、心身ともに健やかにうまれ、育てられ、その生活を保証される。

二 すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもって育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。

三 すべての児童は、適当な栄養と住居と被服が与えられ、また、疾病と災害からまもられる。

四 すべての児童は、個性と能力に応じて教育され、社会の一員としての責任を自主的に果たすように、みちびかれる。

五 すべての児童は、自然を愛し、科学と芸術を尊ぶように、みちびかれ、また、道徳的心情がつちかわれる。

六 すべての児童は、就学のみちを確保され、また、十分に整った教育の施設を用意される。

七 すべての児童は、職業指導を受ける機会が与えられる。

八 すべての児童は、その労働において、心身の発育が阻害されず、教育を受ける機会が失われず、また、児童としての生活がさまたげられないように、十分に保護される。

九 すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、悪い環境からまもられる。

十 すべての児童は、虐待・酷使・放任その他不当な取扱からまもられる。あやまちをおかした児童は、適切に保護指導される。

十一 すべての児童は、身体が不自由な場合、または精神の機能が不充分な場合に、適切な治療と教育と保護が与えられる。

十二 すべての児童は、愛とまことによって結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。

 

翻ってたった今、日本や世界で起きていることをかえりみるとき、いくらでも涙がでてきそうだ。

 

暗唱すべきは、ちょっと流行り始めた?教育勅語ではなくて、児童憲章のほうだ。しかも、子どもに暗唱させるのではなく、どちらかと言うと私たち大人が暗唱すべきものでは。いろいろな議論が出ていて現実的にならざるを得ないところも多少はあるかもしれないが、私は個人的には憲法9条が好き。なぜなら感動するから。

けれどもこの児童憲章はもっと好き。これさえあればいいと思えるほどのヒューマニティーに溢れている。そして、正しいのは何?と迷ったときに、すっと指針が示される感覚がある。世界中の人に知ってもらいたい! そんな衝動に駆られる。もちろん、テロリストなんか生まれない社会のためにも。