故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

もうすぐ10年。そしてもうすぐ、5年。 ㊱

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2009年の暮れ。今は亡きチワワのオーちゃんと。(photo by Gilles)

Vol. 36  犬のおーちゃん 前編〜

今日は”スピンオフ”のお話。


私がジルと出会うより前の2008年から飼っていて、一昨年亡くなってしまった忘れ得ぬ犬、「おーちゃん」の話をしたい。

 

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「日本でならいいけど・・。ベルギーでこういう小さい犬を散歩している男ってあんまりいないからさぁ。(ベルギーに連れてきても、自分が堂々と散歩できるかどうかは自信ない)」

夫婦別姓同性婚も。なにもかもが日本より進んでいるように思えるヨーロッパで、犬種ごとの“ふさわしい男女イメージ”だけは、むしろステレオタイプなの!? それに驚いた。

そう言いながらも、とりあえず優しく責任感も強いジルは、結婚前に日本に来てくれたときには、私の留守中におーちゃんをよく散歩に連れ出してくれていた。


「今日はスーパーの前で結構長い時間待たせてたけど、僕が出てきたとたん、しっぽ振ってめちゃくちゃ喜んでたんだよ」などと話してくれた。

私が出産をしたのち約1か月の間、当時住んで居た世田谷区のマンションで炊事や赤ん坊の入浴などを担当してくれていたジルには、この”おーちゃんの散歩”、という任務もついてまわった。

赤ん坊の顔を見にきた私の友人に、「毎日さぁ、two meals, two dogs...(ご飯作り2回、犬の散歩2回、という意味のことをざっくり表現している。) ほんと大変なんだから」と冗談交じりにこぼしていたのを覚えている。


チワワのおーちゃんは、2008年に私の元へやってきた。

それまで特に小型犬には興味がなく、むしろ猫派だった私だが、友人宅で生まれたこの子を譲り受け、当時ひとりぐらしの東京宅で育てることとなった。

飼い始めてみると、犬特有のその素直に感情表現をしてくれるさまに感動し、当時いくつかの恋愛経験に疲れていた私にとっては、「こんど付き合うならちゃんと犬みたいに真っ直ぐに向かってくれる人がいいな」と思わしめるほどだった。

それがその後のジルとの出会いや付き合いに、影響しなかったとは言えないかもしれない。

一説によると、チワワは小さいけれども勇敢で仲間を守ろうとする気持ちが人一倍強いらしい。獣医さんが「小さいからこそ、そう言う性格になったんですよね」と言っていて、なるほどと感動したことがある。


そしてこのおーちゃんは、とりわけ性質がよかった。

常に穏やかで不満なく、ニコニコしているイメージ。(これも一説によると、犬は人間との暮らしが長い間に”笑う”ということを覚えたらしいが。) 散歩ですれ違う犬にも、しっかりといったん、お座りをしてから挨拶をするという礼儀正しさだった。愛らしくてモデルになれそうな顔。涙目がちょっと過ぎることもあったが、キャンキャン吠えることもなく、素直で明るい佇まいが、私の友人たちにも絶賛された。


当時私が住んでいた世田谷区のマンションの近くには、遊歩道と、人工ながらも可愛い小川が流れ、まだ一人だった頃は、その周辺を一日に1、2回散歩するのが、生きがいに近いほどの習慣だった。途中でベンチに腰をおろし、ニコニコ笑うおーちゃんとただしばらく、たたずんでいた平和な記憶が懐かしい。

そしてとても印象に残っているのが、2009年10月。長女を妊娠していることがわかった検査薬を見て、私が思わず「ぎゃあ!」とジャンプすると、なぜか一緒になって思い切り飛び跳ねて喜んでいた姿も忘れられない。

 

「悲しみは半分に、喜びは2倍に。」

そんな友達のためにある標語を、まずは地で行くのが犬じゃあないかとも思う。

犬や猫を飼った経験のある方ならわかると思うが・・。

その子と自分の”間にしかない”思い出。シェアした感情などは、ペットといえども侮れず、結構、あるものだと思う。

 

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おーちゃんのシャンプータイム in 2009  photo by Gilles



育児休暇を使ってベルギーに行くときも、私のわがままでおーちゃんを連れていくことにした。そのために必要な注射や手続きは簡単ではなかった。ただ、赤ん坊と共に渡欧するのはちょっとハードルが高すぎたので、私の移動のあと数ヶ月後に、その元々おーちゃんをくれた友人に、飛行機で観光がてらベルギーまで直接連れてきてもらう(!)という荒技を行った。


そして散歩が大好きなおーちゃんは、ベルギーに来てもなんら問題なく元気に歩き回った。

 

「おーちゃんベルギーに来たら、土地の差を感じるかな? それとも変わりなく散歩するかな。いや、きっとお構いなく散歩するだろうね。」とジルが言っていたけれども、実際にその通りになった。

 

三度の飯より散歩好き。「O-CHAN, OSAMPO!」と言われるだけで、ジルの顔を見上げて大喜びでいつも玄関に走っていった。

当のジルは「夜ならまぁ、まだ人目につかないかな」と言いつつ、少し不満げながらすでに帳の降りたブリュッセルに、よく散歩に連れ出してくれていた。



私もしばしばベビーカー、抱っこ紐、そして犬のリードも持ちながら買い物などへ出かけた。

3つも”小さいもの”を抱えたものすごい状態で出かけることがしばしば。こんなに負荷をかけて外出している人なんて珍しいよな・・と思ったら、一度だけ自分と同じ境遇の人を遠くに見つけたことがある。思わず走り出し、「同じですね」と話しかけたかったのだが、そんな負荷がかかった状態では、簡単に追いつくすべもなかった。


チビ勢ぞろいの、ブリュッセルの我が家だった。

 

だが以前のブログにも書いたように、遠くはメキシコ、近くてもジルのちょっとした出張でパリなど、しばらく不在にすることもあった。そんなときには、ブイヨンにいるジルの両親へ、おーちゃんを幾度となく預けた。

 

 

そして私は、このローラン家に”チワワ革命”をもたらしてしまうことになる。

 

「チワワ可愛いけど、マダムが散歩する犬だよね」と最初こそジルと同じように言っていたお義父さんだが、お義母さんともども、おーちゃん、ひいてはチワワの大ファンになってしまい・・。

 

<つづく>

 

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カメラ好きのジルが、私が居ない間に、数十枚おーちゃんのどアップを撮っていたことがある。