故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

憎しみではなく、愛の拡散を。May love spread in the world, not hatred.

先日やっと、パリ同時テロで奥さんを亡くしながら「ぼくは君たちを憎まないことにした」というfacebookメッセージが世界中を駆け巡ったアントワーヌ・レリスさんの著書を読みました。

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存在は知っていながらも手に取ることが難しかった時も過ぎ、やや客観的にこんな本を読むことができるように。内容は、テロから2週間余りのことを日記風に綴ったもので、その時の心理状態、周囲で起こっていたこと、それらと自分との、いわば”コネクト不具合”について・・を正直かつ文学的に綴ったも心の中の記録・・という感じでした。

 

このタイトルだけを見ると、彼が崇高な理想でもって、「憎しみはやめましょう」と言っているようにも取れるけれども、同じ経験をした者としては、きっと、そうしか出来ない呆然とした心理状態だったのではないかな・・と推測していました。

Vous n'aurez pas ma heine.というのは、英語に直訳するならばYou will not have my hatred.ということで、さらに日本語に直訳すれば「あなたたちは私の憎しみを所有することがないだろう」という状況説明のような、淡々とした雰囲気の一文だという気がします。さらに7ヶ月後くらいに来日した時の記者会見で、「あんな魂のない行動を起こせる人々のことを思うとき、想像を絶する」と率直に語っていたのを読んだことも。

 

私自身が自分にとって、もう”分身”のような存在になっていた(と後から気づいた)ジルを、目の前で殺められたような気がした当時、テロリストと一応呼ばれている彼らの正体のようなものを目撃したような気がしました。

彼らはびっくりするほどに、魂のない”のっぺらぼう”のようなもので、その影が目の前でサッと通り過ぎていったような感覚。凶悪な・・などというよりも、ただの抜け殻の人形(ひとがた)。

 

見ず知らずの人を、その背景にはたくさんの愛情あるつながりのあるかもしれない人たちを、戦時中の義務に従うわけでもなく、ある街のある時間、一切の想像力をなくしてさっと殺めて立ち去ってしまう。それは”人間”のできる技ではないから。そんな存在の前にはただ唖然とし、呆然とし、「今、遭遇した物体は何だろう?」と思うような感覚です。

 

後で思ったのは、彼らが魂のない存在だとしたら、それは「指輪物語」に出てくる「ゴーレム」のようでもあり、「千と千尋の神隠し」の「顔なし」のように、実体がなくて簡単に中身が入れ替わってしまうもの。悪に乗っ取られたときは取り返しがつかない。世の中には、そんな風に抜け殻となった存在が実際にあるのか・・・。自分自身の命、内側で燃える炎のようなもの、意思のようなものを抜き取られ、または消去された存在が存在するんだと強く思った印象が残っています。

 

だから、彼らに対して何の憎しみも抱きませんでした。

 

「憎い!」という気持ちは相手に対して期待をしたり、怒ったりするから起きること。相手を人間だと思っているから湧き上がるのです。でも、この感覚は「見下している」というのとも、違います。人間ではないものに対して、人間としての感情を持つことができなかった、というごく自然な反応が正直なところです。

 

やっと彼らのことを「憎い」と思えたのは、お葬式のためにベルギーに渡り、ジルのお父さん、お姉さんや妹たちが悲しみに打ちひしがれているのを見た時。私の大事な人たちをこんなに苦しめた奴らはどこのどいつだ? 目の前にいたら、一発ぶん殴ってやりたい! と言う気持ちが。人間的な感情を揺り動こされるもの、共感できるものを目の前にした時、私の中にもやっと、人間的な気持ちが湧いてきたのかもしれません。

 

けれども今もって・・私自身からの直接的な、彼らに対する気持ちの中には、やはり憎しみは見当たらないのです。

 

ただそれ以来、彼らのような存在がなるべく世の中に出て来ないようにするためには、どうすればいいのだろうか、ということだけはずっと考え続けています。

 

テロ対策ということを声高に言うならば、まずは研究しなければならないのは、どうして”人が人でなくなる瞬間が生まれるのか”、”紙一重”の部分は何なのだろうかということ。簡単に言ってしまうならば、”洗脳”のポイントのようなものなのではないかと考えています。

現に、貧しい環境で生まれたのでも、恵まれた環境で育ち高学歴であっても、テロリストになりうるということが分かっています。たとえ貧しさや境遇、その時の精神状態がきっかけであったり、第一歩となったとしても。それがある日、人として全く間違った信条の方に、紙一重ですり抜けて入っていってしまう、その”紙一重”を、なんとか突き止めなければならないのではないか、それが急務なのではないかな・・と思い続けているのです。

 

警備をしっかりするという水際対策だけがテロ対策じゃない。

枝葉を切り落とすことはできても、根っこをどうしたらいいんだろう。

 

それにしても、その後も彼らに対して憎しみが特段わかないのは、結局は「テロなんて失敗だ」と事件から間もなく、感じたせいでもありました。壊れた私に対して、大きな愛がそれを知った各方面から、知った順に大至急の勢いで流れてきたから。それも大変な現象で、私はもう一方の世界を見た気がしました。

 

持論かもしれないけれども、結局は愛も憎しみも、悪も善も、「とびひ」のようなものではないかと思うのです。潰してしまうと、それがかえって広がってしまうということ。

 

爆撃すると、どちらにしてもそのエッセンスが血のように周囲に飛び散ってしまう。

だから愛(善)が攻撃されれば、愛(善)が増幅する。

憎しみの大元(悪)を攻撃すると、新たな憎しみ(悪)が拡散する。

目に見えないだけで、実に物理的なセオリーなのではないだろうかと。

 

それだからこそ、例えば・・・9.11の後にアフガニスタンを攻撃し、ビン・ラディンを裁判にかけることなく殺害したのはどうだったのだろうと。ジルが当時、そのニュースを聞き言っていたのを覚えています。「殺さずに生きたまま捕らえて、テーブルにつけるべきだった。どうしてこうなったのか、聞くことはしておくべきだったのに」と。

それからしばらくしてISが台頭した時、落胆してこうつぶやいていたのも思い出します。「会話のできない相手になってしまっている・・」 案の定、攻撃を受けた悪はどんどん拡散していたのです。彼らをそこまで追いやってしまうに至ったのは、武力を武力で撲滅できると思っていた、正義の側の”単純思考”にも一因があるのではないかと疑っています。

 

言葉が通じなくなってしまうまで、不気味なほどに悪をこじらせてしまったグループをこれからどうしていったらいいのか私にはわかりません。けれども「テロとの戦い」を標榜しながら、半ば闇雲に空からの爆撃を続けていくのは、長い目で見て将来が不安です。悪を広げるためのリスクを強めていないかどうか・・と。

「悪いことをしたら裁かれる」という、人間がなんとか作り上げたシステムの中で、せめて必死に該当者を探し出して、裁判にかけていくことは必要。けれどもすぐに射殺すれば一旦復讐できてセーフ、という短絡的なことは絶対にダメだと思うのです。心理的なこと、脳の働きなどの解明を第一にすることはできないのだろうか。実在の人物たちを通して「紙一重」の解明に、全力を尽くすとというふうにできないものだろうか・・。

 

そして一度、「のっぺらぼうの抜け殻」にまでなってしまった人たちに、愛を浸透させるには気の遠くなるような時間がかかるかもしれないなあ、と思います。おそらく、仏教的な世界観からすると、一回の人生ではもう無理かもしれない。けれども私たちは根気強く、自分たちのいる場所、足もと、ご近所から愛の方向性を広げるように、少しずつ努力し続けるしかありません。

 

そんなことを考えていたら、やはり同じくマルベーク駅で奥さんを亡くした男性の、テレビでのクリスマス・メッセージをfacebookで見つけました。シェア回数は1日で10万回を超え、どんどん増え続けているよう。彼もまた若い子供3人と取り残されたそう。

 

↓フランス語ですが英語字幕付き。早いのでついていくのが簡単ではない部分もあるけれども、少し英語を読むだけでも一見の価値があります。

www.facebook.com

 

彼は「愛に誓いを立てる、精神的な”聖戦”」をイスラム教徒に呼びかけています。そして歴史的な背景を於いても、自分が育った”恩のある”西洋社会への感謝を忘れないということ。このメッセージは本当に力強い・・。テロの巣窟であるような印象になってしまったブリュッセルのモレンベーク地区に住み、自身もイスラム教徒である彼は、自分も”テロリストになる可能性のある人物”と見られる立場であることを告白した上で、リスクを乗り越えてメッセージしています。

 

それにしても、悲しみを少しでも乗り越えられたり、「やっぱり愛だ」というメッセージを携え、愛を拡散しようとすることのできる人間であることは、何が起きようとも幸せなのだとも思います。

今まで愛に満たされた環境を生きてきたこと、愛を選択し続けてきたこと。失敗したり、失望することがあっても、愛の方の心地よさに、ちゃんと戻ってこられる感覚がある・・・それが、まずは人間としての第一の幸せなのだと思います。

 

あとはやはり、もうあまり覚えていないほどの昔、子供の頃にどれだけ愛情のシャワーをベースとして受けて、愛を蓄積していたかがその後を大きく決めるのではあると思います。それがふんだんにあれば、多少減っても、また増量する方法を自分で知っているのではと。それが少なすぎると、簡単にゼロになりやすく、ふとした時に他の”のっぺらぼう”に遭遇して、違うものに取り憑かれてしまうのかもしれないと。

 

改めて、子供たちに対する、大きな人間である私たちの責任は大きい。

 

私自身もこの出来事の後にも、却って自分の来し方を振り返った時、これに耐えうる愛の土壌がもともとふんだんにあったのだなということに驚き、そして感謝しました。

 

昨日、一昨日とfacebookを見ているとクリスマスのにぎやかな、楽しい、おどけた話題が満載。

 

私もテロ直後は、レリス氏の書いた著書のような、生きた心地のしない2週間を過ごしていて全てが別世界のことのように感じられ、何も目に入らず、何も耳に入ってこなかったのを思い出します。

でもしばらく経つと、他の人のfacebookに段々と微笑むことができるようになっていました。仕事をしても、盛り上がる現場で普通にみんなと一緒に冗談に笑える。日を追うごとにいわゆる”普通”がどんどん戻ってきています。

 

もちろん、埋められない穴はぽっかり空いてしまいました。

 

けれども愛を選択していれば、そこにどんどん、愛が入ってきます。中には一時的なものもあるかもしれないけれども、どんどん入っては来続けています。

 

私はこのブログを書き続けながらも決して立派とは言えず、ただ日々を何とか生きて、考え観察し続けているだけです。自分を生きた標本のように感じていた時期も。ただ、あまり間違わずに生き延びてきているかな・・という感慨はあります。

ちゃんとお礼を表現できていないのではと思うことも、一時的にくじけたりしていることも。忙しくて不機嫌になったり、ちょっとした焦りが出て自分が嫌になることも、昔と比べて、特に少なくなってはいないかもしれません。

 

けれどもこれからも、愛を拡散することが基本の人間でありたい、とは強く思っています。愛の中に生き続け、愛を浸透させていくほうを日々、失敗しても選択し続けようと思っています。しかし意識的に選択しようと思わなくても、半ば自動的にそうできる自分にならせてもらっていることこそを、再び感謝したいと思います。

 

今年、近くから遠くから支えてくださった方たちに、お礼を言いたいです。

愛ある反応や注目でどんなに支えられてきたか。とうとうジルの居ないまま、初めて新しい年を迎えることになったけれども、頂いた気持ちの集大成で十分年を越せます。

 

そしてジル、いろんなことに気づかせてくれてありがとう。もしまだ一緒に会話していたら、中には「それは持論なのでは」と言うこともあったかもしれないけれども、時にはハッと目を見開いて、賛同してくれたりしていたのではないかと想像しています。