故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

よみがえりの魔法 I wished the existence of magic

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作っては壊し、作っては壊しで楽しめる積み木の類。人もまた、一度壊れても違う形で再生することがあるのだろうか。(作品は長女作)

 

先日、私を取材で追いかけてくれているあるテレビクルー(3月放送予定)の方から、

「正直言うと、打ち合わせで初めてお会いした時(12月だったかな?)、そんな悲劇が起きた人に見えなかったんですよね。」と言われた。つまり、とても元気で普通に見えたということ。そういえば以前、ベルギー大使館での上映会の時にも別の方に言われました。「スピーチで涙ぐんだりするかと思ったら、全くしっかりしてらして・・」と。

 

私って強いんだろうか。いや、もしかしたら冷たいんだろうか。コントロールが効き過ぎなんだろうか。もっとそれらしく、悲しげにしている方がいいのかな。

 

自問自答をしていたら、自分への言い訳のように、逆に亡くなって3〜4か月くらいの間に続いていた心境が思い出されてきた。

「もうこれからは一切、姿が見えず声も聞けないって、どういうことだろう」 そう思いながら暗い部屋で寝ようとするときや、起きるときに息苦しさが襲ってきていたあの頃。目が覚めそうな数秒の間に「ほら、やっぱり悪夢だったでしょ」と思うのだが、実際に目が覚め切ってしまうと、「違うんだ。これが現実か。」と軽く衝撃を受ける。そんなことがしばらく続いていたということ。

 

自分に対して、驚いたことも思い出した。

6月19日に東京で彼を直接知っていた人を集めて「お別れ会」を企画し、その直後に子どもたちを連れて渡欧、家族や友人たちともう一度”パパのお葬式”(川辺で皆で集まった)を終えたとき。これでひと通り済んだな・・と日本に帰りホッとした。その時、こんな言葉が脳裏に浮かんだのだ。

 

「あれ・・・? ここまでしたのに、ジルまだ帰って来ないよ。」

 

そうか。私はジルが帰ってくるための儀式のつもりで一生懸命、踏ん張って動いていたのかと。弔っているうちに奇跡が起きないかなと、願いながら動いていたのかと。もちろん意識の上ではそんなつもりは全然なかったけれども、無意識には、ジルの肉体がこの世に戻ってくる、”よみがえりの魔法”を探しながら自分は動いていたのだと知り、愕然とした。

 

NHKでたまたま昨年の5月3日に放送していた田中麗奈&速水もこみちの「最後の贈り物」というドラマ。田中麗奈扮する奥さんが、急死した夫をなんとか蘇らせようと、模型や人工知能を駆使して、もがき続けるという話だ。これを見た時はまだまだ渦中。心境がダブって苦しくなった。

 

宮部みゆきの小説「英雄の書」にも、こんな登場人物が出てくる。愛する人を失い、けれどもその人を取り戻さんと世界中から魔法の書を掻き集め、最後には悪に取り憑かれて地中の奥、誰もたどり着けない牢獄で怪物になり呻いてしまう男性。小説を読んだ時は「面白い・・」という印象でしかなかったのが、自分の身に起きた出来事を通して、「わかる・・」と改めて痛みを伴い思い出した。

 

私が怪物にならずに済んだわけは、やはり基本的な愛情に恵まれたことが大きいが、ジルの遺してくれた映画が「よみがえり装置」であると気づいたこと。ジルの目、耳を通して描写したものが残る。それはまるで映画を見ることで、ジル自身の体の中に入っていくような体験であると気づいたこと。そして、見た人の体を通して都度ジルがよみがえる可能性があると気づいたお陰だ。

 

さらにはこの映画の存在を知った様々な人々が祈りにも似た思いを向け、その輪が次第に大きくなってくるという”応援装置”にもなっていること。

(逆に、映画がなかったら、そして配給なんておぼつかない状態のままだったら、どうなっていたんだろう、と思う)

 

けれどもあの頃の苦しい気持ち、魔法を求めるような気持ちは遺族にとっては古今東西問わず、共通のものだろう。あの頃のことを忘れてはいけない。あの頃の自分を思い出せば、同じ悲しみを持つ人に多少は寄り添えるのではないかと思う。

 

先日、一緒に取材やインタビューを受けていた配給プロデューサーの奥山さんが私の様子を傍で見ながら言ってくれた言葉。「鵜戸さんのいいところは、ちゃんと感じたことがあるのだけれども、それをコントロールしながら表現することができること。(だからこれからも頑張ってね、という意味で)」

 

これでいいんだ。頑張ります、これからも表現し続けます。

 

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昨日、2月9日の「おはよう日本」で亡くなった家族の人形を作る話が出てきた。ほぼバービーサイズに近いもので、けれどもかなりリアルだ。写真を渡して、CGで分析した形をとり、作ってもらえるのだという。どうしようかな・・とちょっと魅かれてもいる。