故ジル・ローランを偲んで

A blog to remember Gilles Laurent, who died in Brussels Attack in the middle of making his film about Fukushima / this blog is organized by his wife Reiko Udo

形あるものは

ブログがなかなか更新できずにいました。

思いがけず、また身内に事故があり、それで心がしばらくモノクローム状態になり、なかなか話題を創出できなかったのでした。

 

形あるものは、壊れてしまうこともある。

 

人間って奥深い存在なのに、その”容れ物”だけはどうしても、物理的な力、つまり事故や病気で故障してしまうものです。それは、形があるものの定めですね。

自分もいつ何があるか分からないなと思います。

 

少し落ち着いたらまた、更新していきますね。

というか、そう悟ったこともあり、少し落ち着いてきました。

ちょこちょこと見にきて下さっている方々、心配しないで待っていてくださいね。

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忘れないでいてくれて、ありがとう。Thank you for not forgetting.

今日はジル・ローランの命日です。

(2016年3月22日、ベルギー地下鉄マルベーク駅にて死亡。享年46歳)

 

ブリュッセルの地下鉄駅、マルベークやその隣のブルス駅や路上にかかれた、色々な人たちからのメッセージの、アーカイブが発表されました。

 

ずっとずっと、忘れないでいてくれていてくれて、ありがとう。

 

↓下記リンクの中の、途中にあるcommemoration で始まるファイルをクリックすると見られます。

https://www.brussels.be/new-website-messages-after-attacks-22-march-2016

 

 

最後の手紙 The last letters to his daughters

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「これ、なんだったっけ・・」

先月末に、こどもたちと部屋の整理をしていたとき、ふいに発見したカードが2枚。

めくると、懐かしいジルの筆跡が目に飛び込んできた。こどもたちの名前が宛名として綴られている。日付は、2016年3月・・。

 

そうだ・・! 亡くなる直前。

一昨年の3月に入ってまもないころ、家に届いたベルギーからの小包に入っていたものでした。

 

3月11日(奇しくも震災の日と同じ)は、次女の誕生日。当時、4歳になろうとしていた。ジルは、不在ながらもあれこれと考えて、事前にプレゼントを送ってくれていて・・。

次女へのプレゼントはボーダーのワンピース。それに、長女のほうにも不公平にならないように小さなオモチャが添えられていたのを思い出します。

 

これが、その誕生日のメッセージ。

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(訳)

2016年3月11日

お誕生日おめでとう、僕の小さなリリ

ついに4歳だね。今はもう、りっぱな”女の子”になったね。

とてもすばらしい1年になるように願っているよ。

もうすぐ会えるのが待ちきれないよ。

たくさんのキス!!!!を。(心で)抱きしめているからね。

君のパパ、ジルより

 

そして、こちらが同時に、長女に寄せたメッセージ。

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(訳)

大きいすずちゃん、

こっちのカードは君に。喜んでもらえると嬉しいな。

次は、君の誕生日だね。

その時には(注;6月18日です)、パパもそっちにいるだろうから、いっしょに祝おうね。

たくさんのキスを。パパは君をとーーーーっても大好きだよ。

ジル

 

 

涙があふれました。

長女の誕生日を一緒に祝うこと。それは、その後に叶わないことになるなんて。

 

じつは、このカードをもらっていたこと。しまっていたことを、忘れていました。なぜなら、そのときの文面としては、ごくごく当たり前の、私の知っている子煩悩なふだんのジルだったので。

これが残ることが、ものすごく特別なことになるなどっとは、思ってもいず、後で普通にレターケースに仕舞っていたのでしょうね。

 

このカードが届いた後、2週間後に、二度と会えない存在になるなんて、そのときは思いもよらなかったのです。

 

今、こうして見つかったカード。

私が常々、「もっと夢でもなんでも、ジルからのメッセージがあればいいのに・・無音はいやだ」と心の中で思っているので、見つかるようにと仕向けてくれたのかもしれません。

 

3月はなかなか、心穏やかには過ごせない月です。

3.11もあれば、3.22もくる。

その狭間で、心は何度も揺れ動きます。

 

このカードにジルが自分自身で装飾した、黄色の蛍光ペンの模様は、どんどん薄くなってしまうのでしょう。

でも、このカードの中にこめられた、ジルの子どもたちへの愛情は、永遠に消え去ることのなく、真空パックされたものなのだと思います。

 

このときだけでなく、ずっとずっと、有効で、温かさを運んでくれるメッセージなのだと思います。

 

 

 

 

ジルの遺言。 "冬は雪で遊ばせて"

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季節を感じるためにも、冬はもちろん雪遊びできれば素敵。

 

とはいえ、東京は毎年雪が降る訳ではないし、降っても遊ぶタイミングや場所があるかどうかは未知数。

 

「だったら、雪の場所に行かない?」

 

そうジルが提案してきたのは、3年前の2月だったか。

そうか、親としてはそんなプロジェクトも必要ね、と納得して探し、チョイスしたのが、越後湯沢の民宿と岩原高原での雪遊びだった。

 

レジャーとしてというより、”真にこどもにはこれが必要だ”という彼独特のきめ細やかな配慮からの提案だったなぁ、と今にしても思う。

私はというと逆に、時間に流されるままに毎日を過ごし、あまりそういったアイデア出しが得意な方でもなく・・。提案されたはじめて、そうね、 よし!と動き出すタイプ。

 

けれども、昨冬は映画公開のことでバタバタだったし、一昨年にいたってはジルがベルギーに冬ごと丸々帰っていて(それが死につながってしまうのだけど・・)私もひとり親で忙しく、雪の場所へ出かけるのは、ナシのままになっていた。

 

そして今年。

もう3年ぶりになるのか。

 

やっぱり子供達に雪遊びをさせたい、と思い立った。

東京からならばいろんなオプションがあるはず、違う場所にも行ってみたいなと、長野や群馬などいろいろ調べたけれども、車のない我が家が一番アクセスしやすいのは、やっぱり、越後湯沢だった。

 

同じ景色を辿ってしまうと、ちょっと悲しくなりそうだったけど、もうひと家族(やはり母ひとり、こども二人)が合流してくれて賑やかに。

女親二人、こども4人の旅。新幹線に揺られて1時間20分の旅。

 

でも、駅に到着して、凍結防止用の水が地面からチョロチョロ出ているロータリーをみると、あぁ、ここにジルと来たなあ、という当時の光景が重なってきはきた。

 

ハッと気づいたのが、私の友人が連れてきたこどもたちが、4歳と2歳。

まさに、3年前のうちの子。それにどんな意味があるということでもないけれども、過去の影、ここにありなん。当時のうちの子の幼さ。もう忘れていたけど、今より大変だった。そして、その時にしかない独特の可愛さがあったのは確かだなぁ。

 

今回は前回の民宿ではなく、かの代表的なホテル、苗場プリンスへ。

メガな場所で、ある種の機械的な対応をされたほうが、あまり感傷的にならずに済むかなと思ったのもあり。

そして、こどもスキー教室にもトライしてみた。

 

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オリンピック後だからというわけではないけれども、ちょっとこの姿はワクワクする!

私は九州出身。高校の修学旅行ではじめてスキーを経験したくらいで、その後もブラッシュアップはできなかったので、子供達にはもうちょっと得意になってほしい。

これに関しては、スキー好きの多いヨーロッパ出身で「子供の頃からやっていたよ」というジルの道を、多少でもなぞったほうがいいのかなと思ったのでした。

 

二人の感想は?

「思ってたより、見ているだけより、バランス取るのが大変だった〜」とのこと。

そうだよね〜。なんでも、見た目よりやってみたほうが分かるよね。

 

 

ところで、これは3年前の越後湯沢は岩原高原での写真。

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やはりキッズパークのようなものがあり、そこでチビ二人を丸いソリに乗せて行くジル。4歳と2歳、このころの子供達はまだ今より丸っこくて小さくて、芋虫みたいだった。

今じゃ一人でガンガン、登っています。↓

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 そしてこれは当時、ジルが作ったユニークな雪だるま。

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丸い雪の玉で装飾して、さらにはたくさん積み上げて、アンテナみたい。

目になったのは、ジルのパンツのポケットに入っていたユーロのコイン。

鼻が高いのも、なんとなくヨーロピアンです。

 

この雪だるまのように、形あるものはいつかは姿を消すものだけれども。

これからも、子供に向けられた真心だけは私なりに、受け継いでいこうと思います。

 

これからは毎年、何事もなければ「冬には雪遊び」を計画したいと思う。

なんとなく、それがジルの遺言でもあるような気がしているから。

予約はバタバタだったけれども、来年からはもっと早めに(笑)がんばるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生き物ってすばらしい

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 うちの姉妹が去年の春から始めたこと。それは乗馬です。日本ではだいたい5歳くらいからポニー乗馬を習い始められるらしく、たまたまですが下の子が5歳になったばかりのタイミングでした。

 

事の発端は今から3年ほど前。ベルギーに里帰りをしたときに、ジルが現地の乗馬クラブの体験レッスンをこどもたちのために予約していました。現地の子10人ほど?と並んで。そのとき以来、ずっと「馬が好き、馬が好き」と言い続けていた彼女たち。(特に長女が。言い張る、というくらいに)

 

そして2年前の夏・・こんどはジル亡きあと、同じ乗馬クラブでまた体験レッスンをさせてもらいました。本当は、その日は体験レッスンはなかったのですが、事情を知ったオーナーのマダムが、「聞いたわよ・・大変だったわね」と、うちの子たちだけのために、大きな馬場を開けて迎え入れてくれました。

 

あぁ、ジルが縁をつけてくれたこの場所に、また戻ってきたな・・そんな風にしみじみしながら。

 

そして去年の夏も里帰り。こんどは、もう日本で乗馬を始めたあとだったので、乗馬服、ヘルメット、手袋、ブーツなどを現地で買おうと。日本ではなかなかどれも高価なのですが、ベルギーでは習い事のひとつとして、スポーツのひとつとしてとても身近なものなので、スポーツショップなどに普通に置いてあるのです。期せずして、優しい義姉がレジですべてを払ってくれてしまいました!(すみません!&ありがとう!)

 

その入手したてのユニフォーム?で乗馬・・。年に一度、ジルの優しさを思い出すためにも、ベルギーに里帰りした際は必ずここにくるようになるのかもしれません。

 

さて、アップした写真は日本で現在通っているほうの乗馬クラブのほうです。

 

ちなみにここへ行く時、必ず大きな青いショッピングトロリーにブーツや何やら、入れて持っていっています。それは、ベルギーに住んでいたときに、ジルと私がよく買い物で使っていたもの。それを持っていくと、なんとなくジルも参加しているような気分になるかしら?と思い。

 

それにしても、馬たちの可愛いこと。触ると、本当に暖かいのです。リアルファー、しかも血の通った。この暖かさを体験してしまうと、申し訳ないけれどもファッションのファーは可愛いし、思わず手に取りたくなるけど、いらないかも・・と思ってしまいます。

 

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どれも長女の撮影。愛情を感じます!

ポニーの名前も、クッキー、モカ、などの美味しそうな名前から、ハッピー、ノンノン、など覚えやすい可愛い名前が揃っていて、ほのぼのします。

 

この血の通った、というところが本当にポイント。

お日様のような、太陽のような温もり。

生きているってすごいなと思います。

 

なぜ乗馬が好きなのか子供達に聞いてみたところ、「生きていて、乗れるものだから。それって乗馬だけだから。」

 ラクダとかロバとか、ゾウもあるかもしれないけどね笑。レッスンで習えるのは確かに馬だけですね。

 

子供たちのエネルギーと、生き物である馬のエネルギーとか混じり合って、私も連れて行くのは大変だけど、大切な生気というのもの象徴に出会える週末が好きです。

 

忘れることも大事、忘れないことも大事。It is important to forget, but at the same time never to forget.

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カズオ・イシグロ氏のにわかファンになっている。

ノーベル賞受賞後に店頭に堆く積まれた数々の文庫本の中から、私がなんとなく選んだのは「忘れられた巨人」。

 

数年前にNHKで放送された、「カズオ・イシグロ文学講義」という番組がたまたま再放送されたのを読書中に観たのもあり、この本のテーマがとてもわかりやすく、私の中にスーッと入ってきた。

 

舞台はアーサー王亡きあとのイングランド。なぜか過去の記憶が途切れがちで、しかしそれゆえに不安ながらも平和のなかで暮らす民たち。それはその地の奥深くに住む龍の吐く息がもたらす霧のせいだった。そしてその龍を、意図的に生かしている存在があるのだった・・。

 

「私たちは歴史の中で、実際にあったことをなかったことにすることはできない。でも、始終思い出していれば前に進めない。忘れることも必要である。けれどもでは、いつ思い出すべきなのか。忘れることも必要ななかで・・」

 

国家間の紛争、忘れたくなる虐殺や搾取の歴史。信じがたい、実際に起こったことの数々。

かたや、寝た子を起こすなという言葉もあるように、知らずに済んだほうが仲良くできたこと、できそうだったことも、確かに、ある。

 

これは国家間のことに関わらず、個人的なケンカや失敗や、それによって生じた痛みや憎しみなど、様々なことに当てはまる永遠の課題だとも思う。

 

前に進んでいくためには、ふだんは忘れ切っていることが必要。けれども折に触れ、それによって犠牲になった人たちの葬いのためにも、思い出す必要性があり、決して忘れてはならないこと。

 

私が約2年前に、夫をテロで亡くすという経験をしたこともそのひとつに当てはまるのではと思っている。

ふだんは、それを忘れているほうの細胞を頼りに、生活をしている。

けれどもそれと同時に、決して消えない過去として、悲しくとも葬い続けることが私に託されたひとつの仕事であり、それは私が生きているかぎり、永遠にこれからも傍にあり続けるものでもある。

 

70年前の戦争の大惨禍のあと、どうやってこの国が立ち直ってきたのか。発展の明るい歴史のかたわら、忘れてはならない、人間がいかに残虐にもなりうるかという危険性の存在。それを見て見ぬふりをするのではなく、知っていつつも、少しでも悲劇が減少し癒されていくように、少しでも世界平和へとつながっていけば・・という祈りは本当に大切だ。

 

明るくて笑いもある毎日。

でも忘れない、葬いのこころ。

結局、それを併せ持った、「祈り」を信じることしかないのかなと思ったりする。

 

それにしても、重要なテーマさえ決まれば、それを現代、過去、さらにはSFにまで広げ、または場所も問わずにもっとも適した舞台を決めて展開することができる・・そんな素晴らしい才能とメソッドをもった、そしてをれをわかりやすく解説してくれる紳士的な態度を持ったイシグロ氏はすごいと思う。

 

その1年前、期せずして文学賞を受賞したことでその動向があれこれと話題になったボブ・ディランとは好対照だけれども、彼のほうもあれはあれで、彼にしかできない対応であり、その正直さがよかった。

 

誰が文学賞をもらうのか? その意味は?

 

例えば村上春樹の本なども、日本人である私以上に読み、本好きだったジルだったら、どう思っただろう。

ここ最近の受賞者の話題などに、どんな感想を持ったかなと、そんな話も実際にしてみたくなる。

何も聞こえないけれども、心をすませば、何か語りかけてくれているような気がしている。

 

寂しいなあ、と思います。I miss him sometimes.

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私の古いデジカメの中からポロっと出てきた、ジルのセルフィー。笑

 

告白すると、最近になってようやく「寂しいなあ」というしんみりした気持ちを感じるようになってきた私です。

 

思えば去年の今ごろは、3月11日の渋谷イメージフォーラムでも映画公開に向けて、マスコミに出たりと奔走していた頃で、本当にバタバタしていました。

今思うとすごいことですが、テレビも3社に取材してもらって、週末になるとクルーが来るような感じで、配給会社の太秦で1日に5社くらいインタビューをしてもらったり、自分が何者か分からなくなるくらいに。

 

それから1年。今年は本当に穏やかです。

 

もう映画のあれこれも一段落して、日常だけがそばにある、東京都杉並区に住む、ただのあるシングルマザーの家族です。

 

でも、日常だけがそばにある。そうなると、より不在を感じるのがジルの存在。

 

昨年までは、寂しいと思う暇もなかったのもあるし、映画のことに関わっている限り、それはジルの生前から続いていた事柄の延長でもあったので、無我夢中な中、不在を意識しすぎずに済んだのかもしれません。

 

ここへきて、ようやくポッカリと、心の穴に気づいた感じでしょうか。

 

でも、あの映画準備の怒涛の日々がなかったら、どうなっていたんだろう。たくさんの出会いや好意に恵まれて、いろんなことを知り、考え、勉強する機会にもなって、私と社会との関わり方が以前よりもずっと太くなり・・。

自分と社会とのパイプはむしろ、ジルの死後、本当に大きくなっていて、心境としては充実感を感じることさえ、あります。それは今でも、救い。

 

それにしても、ジルが映画を残すということで、あの賑やかな日々を、与えてくれていなかったら。

ただ、ある日突然家族を失ってしまい、怒りや絶望にくれるだけだったらどうなっていたのだろうかという想像をすると、恐ろしくなります。

 

でもきっと、突然亡くなる人には使命があって。

同じことを2度と繰り返さないために私たちができること。なにかのメッセージを強く残して、亡くなること。それだけはやっぱり忘れちゃいけないと思う。

 

昨日はあのニュージーランド地震から7年だったのですね。 テレビで遺族が、「あれからまだ時が止まったまま。まだ帰って来ないのかなぁ・・という感覚がありますね。」と言っていました。私には、時が止まった感覚はありません。でも、「まだ帰って来ないのかなぁ。」という感覚はあるのです。それだけは、この先もずっと続いていくのかな・・。

 

もうすぐ、あれから2年です。

もう2度と会えないのかな? と本当に不思議に思います。

 

夫というよりは、時々息子のように、正直言って手に負えないところもありました。それでいて、ものすごく穏やかな空気を持つ賢者でもあり、ヒューマニストでもあり。一言では表現できない、不思議な人だった。あんな死に方をしたから特別な人のようでもあり、でもそれでいて、普通のひとりの、ただ個性的な人間だった。

 

だから、いまだにいろんなことを思い出しています。

 

不思議なあたたかなものに包まれているような気もするし、

それでもやっぱり、寂しいなぁと思う。

ある瞬間を境に、肉体が無くなるって、本当に不思議なことだし、一体どういうことだろうとも思う。

 

弱音とも、嘆きとも違うのです。

単純に、寂しいですね。

それまで家族だった誰かが、声を発することもできる、物体として触ることのできる、”熱のある”存在ではなくなること。

 

「あぁ、また会いたいなぁ」と思います。いつか会える日まで、元気でいてくれよ、と真面目に思ったりもします。

 

生と死の境目って・・何でしょうね。